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2007/09/19

また・・だ

国連安保理が「謝意」決議へ

参考エントリー「尻軽すぎ

どうしてこう・・事の因果を混同して、「操作」でつじつま合わせをしようとするのかな。
今、この「謝意」を切実に必要とする国家は国連加盟国中で武力行使に強し縛りを持つ日本(の政府)だけじゃないの?
もちろん、他国にも国内世論に好影響を与えると思う国もあるだろうし、日本の世論が変わることで助かる国もあるだろうから、それに乗る国もあるのだろうけど・・・
一国家の、一政権の、一政策のために国連の意向を操作するのはよくないじゃないの?


自分への「謝意」って、働きかけるものなのか?

つまりこういうことでしょう。

日本の政府が 国連にお願いした「謝意」 を日本の国民にありがたく押し頂かせて 「ほら 国際世論でしょ」 といって その政策の正当化を図る。

これって・・・独立した民主主義国家なの?

「政府は国民を代表していません」「自国の政策を自国では決められません」ということを大々的に宣伝しているようなものじゃない?
実際にそうなんだけど、そんなもの世界に向けて発信することでも無いだろう。

小沢氏の国連主義だって、国連の枠で、最終的に自国で決定するのだからこの手法ほどひどくは無い。
この国連の枠を、一政権が操作して、自国の決定を方向付けてしまおうというのだからね。
枠にはめて制限することと、枠を利用して制限を取り払うことはまるで違うからね。

まさかそんなことは無いと思うが、小沢氏の国連主義の矛盾を国民に知らしめるために「国連なんてこんなもんだよ」という状況を意図的に作ろうとしたのならば国連への侮辱もはなはだしいということになる。

そんなことは無いと思いたいが、意図的に既成事実を積み上げて、その既成事実で人の心を誘導しようとするのがこれまでの政府が散々使ってきた手法だから・・・ついつい「穿った見方」をしてしまうんだよ。

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