« 埼玉県知事の発言 | トップページ | 人を助ける事(2) »

2007/04/12

なんともやりきれない

「国民投票法案」が12日に委員会を開催して採決,それに続き13日の衆議院本会議で可決させるスケジュールらしい。(国民投票法案12日採決 与党、衆院特別委で

議会制民主主義も地に落ちたなと思う。

確かに、9.11に始まったアメリカを中心とした世界の右傾化傾向が一段落しつつあるなかでは「郵政民営化」で獲得した多数を行使できる今しかこの法案を通す機会は今後そうそう無いだろうが、どうにも手段が目的化しているとしか思えない。

反対や修正を望む国民を含めて日本国民なのであって、その国民にとってどんな「国民投票法案」がよいのか、憲法改正が妥当なのかどうなのか、改正が必要ならどんな「憲法改正」が妥当なのかではなく、法案が通る事、憲法を改正する事だけが目的化している。

国民投票法案はその法案そのもの自体にも少なからず反対の立場があるばかりでなく、それを是認する立場にもその公正性を疑う声も少なくない。
それを裏付ける世論調査も見られる。(参照:国民投票法案 与野党で審議は慎重に
逆にいえば、だからこそ政府は「今」のうちに法案を通したいのかもしれないが、もしそうならあまりにも姑息過ぎる。

それはかつてあれほど熱狂の内に迎えられた「郵政民営化」や「構造改革」がいまでは国民の多くが期待していた「改革が必要な強固な官の利権構造」はそのままに、抵抗力の弱い弱者の為の社会保障・教育の切捨てにすり返られた中で行われている。
「改革」が目的化し「何を改革するか」が顧みられず格差をはじめとする副作用が顕在化しているさなかに同じ様な手法で・・・

安倍内閣は小泉首相の「郵政民営化」「構造改革」を継承する事のみにおいて「正当性」を保っているに過ぎないではないか。
「郵政民営化(構造改革)を選ぶ選挙である」と公言し、それを殊更に強調した選挙で多数を獲得したに過ぎないのに、厚顔無恥にも選挙が終れば「我々のもの」とばかりに多数という既成事実を押し付ける。

国の根幹に関わるような関連法案は、それを一度も争点として選挙で戦わせる事も無く決定されるほど軽くは無いはずである。

議会制民主主義は多様な意見の中から「正当性」を担保する制度であろう。
それが制度たらしめるのはその「正当性」が保たれるという前提・期待に負っているのではないのか?
それとも議会制民主主義の信頼を貶め、日本の秩序を崩壊させるのが目的なのか?

最近よくマスコミや左派の「見下す態度」があちこちで批判され、それも頷けるところもあるが、日本の根幹に関わる法案をこのような手法で押し切ろうとする政権に「見下す態度」を見いだせないことにバランスの欠如を感じ無いとは日本人は一体どうしてしまったのか。

だまし討ちのような「ごり押し」で日本人を分断するつもりなのか?
多数があるからしてしまう、やったもの勝ち、目的は手段を正当化する。
それが首相の言う「美しい日本」の日本人の姿なのか?
さぞかし日本社会は、そして日本人は制度の網をくぐり自らの欲望を為し遂げようとする輩が蠢き合う「美しき日本」になる事であろう。

|

« 埼玉県知事の発言 | トップページ | 人を助ける事(2) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/31221/14651155

この記事へのトラックバック一覧です: なんともやりきれない:

« 埼玉県知事の発言 | トップページ | 人を助ける事(2) »