頭でっかち
先日NHKスペシャル「兵士たちの帰還」を放送していた。
一連のアーカンソン州兵のイラク派遣を追ったドキュメンタリーで、以前のエントリーでも書いた事がある。
私が見たのは「派遣に至るまで」,「イラク滞在中」、そして今回の「帰還」の3回で彼らの心の変化を時系列的に垣間見ることになった。
海外に派遣されることが無かった平時は州兵としての役(6年)につけばさまざまな特典が用意されていて実際に派遣されるまではそれだけのことでしかなかった。
9.11があり、祖国を守ると言う愛国心、アメリカの掲げる理想である自由と民主主義を世界にもたらすと言う使命感を胸に彼らはイラクへと向かった。
そのイラクで「戦争」の現実に直面し,戸惑い、迷いながらも任務を遂行し帰還することとなったのである。
大学への奨学金の為に入隊したマッドさん
彼は若いだけに現実的である。
イラクに入りバグダッドに向かう途中も、夜のバグダッドで巡回中に襲撃を受けた時も,警備をしていても、狙撃手としての役割は役割として割り切っているように見えた。
「大人も子供も敵と思わなければならない」と語り,子供に物を請われても、それに対する警戒感と不快感を露にする。
この「大人も子供も敵と思わなければならない」という現実に嫌気はさしても、それはそれとして現実的に対応していく。
味方が襲撃を受ければ、敵への憎しみの感情も隠さ無い。
その感情は「国にいて文句ばかり言っているやつら...」という形で口にされた。
このような現実の中で,矛盾があろうと生き残る為にその現実に身を委ねなければならない我が身に比べ、現実を知ることも無く頭でっかちな「国にいて文句ばかり言っているやつら」にその怒りが向けられる心情は、たとえその矛先が正しかろうと間違っていようと「素直」な感情であることには違いあるまい。
そんな彼は言う。
「任期の延長なんか死んでも嫌だ」
「以前は勲章が欲しいと思ったが,こんな物をもらうより,仲間を返して欲しい」と。
そして、彼は故郷に帰り母校の生徒に語る。
「何の危険も無く,何の不自由も無く学校に通う事ができることに感謝しなければならない。」
彼はジャーナリストを目指すと言う。
電機メーカーに29年勤めていた職人アイルランさん
彼は迫撃弾の破片で頭,顎、左腕に重症を負い、皆よりも先に帰還した。
帰還したときにはリムジンが用意され、地元のパトカーが先導を買って出て住民の歓迎を受けた。
しかし、左腕は自分で動かせず、時々気を失ったり、記憶障害に悩んでいる。
そんな彼が帰還してしばらくして息子に戦争に行ったことの意義を問われたときに静かにこう応える。
「価値はあると思う。反対する人も多いけど意味はあると思う。」
「なんにでも犠牲は必要だ。もう一度行けと言われれば行くさ。」
その後、彼は会社を解雇された。
30万/月の補償を政府から受けながらリハビリを続ける。
その補償はリハビリに消えていく。
このとき彼は
(イラク戦争は)「破壊だった」
「イラクの人々の為にできることはした。」
「イラクへ行ったのは私自身の決断」
そう納得させる以外に何ができるだろう、と私は思う。
彼も彼のケアをする家族も、これから先もこのようにして生きて行かねばならない。
彼らの帰還の40日前、2児の父であるライルライマーさんは武装勢力の狙撃を受け亡くなった。
マッドさんやアイルランさんとは違い、彼の言葉は聞くこともできない。
これが,「圧倒的有利」な米軍(州兵)の一人一人の現実である。
戦争前はアメリカであり、イラクであり,愛国心であったかもしれないが、戦争を経て直面するのは一人一人の人生。
それでも、それを知らない私たちのような頭でっかちは、頭でっかちでありながら戦争の現実に対してまともな想像すらできない。
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