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2004/11/08

善良な人々

ブッシュ大統領が再選されてしばらく経つ。
選挙前に「大統領選とアメリカ」でその支持層の事について書いた。
大統領選を通じ、その支持層の素顔が一層クローズアップされ、分析する情報を目にするようになった。
けしてネオコンの持つイメージのような人々ばかりではない。
素朴で、人懐こく、信心深い人々が多いように思われる。
道徳を重んじ、善くありたいと思っている人々。
一度好かれたらトコトン面倒を見てくれそうな。
理窟を好まぬがゆえにシンプルで裏を感じさせず判りやすく安心できる人々。
細かい事を気にしないおおらかさ。
竹を割ったような明確さ。
コミュニティーを大事にして仲間になにかあればすぐにでも駆けつけてくれそうな。
私が若い頃バイクで雪に閉ざされ、困っているところを助けてもらい、次の町まで連れて行ってもらった上置き去りにされたバイクを取りにいく為にピックアップバンをわざわざ知人から借りてきて、一緒に吹雪で凍りついたバイクを回収してくれたのも今回ブッシュ大統領が勝った中西部の田舎町のおじさんだった。
(もちろん、あのおじさんが共和党支持かどうかは判らないが)
ちなみにバイクを壊され、カメラを盗まれたのは大都市だ。

私は所ジョージの「笑ってこらえて」という番組が好きでよく見るのだが、そこに出てくる人のよいおじいちゃんおばあちゃんに通じるところがある。
最初よそ者が現れた時は怪訝そうな顔をするのだがすぐに人のよい素顔を見せてくれる。
「難しい事はわからないけど...」と謙遜をこめて口にする人たち。
私は、そんな素朴な人たちの笑った顔を見るのが大好きだ。

アメリカではこれらの人々がブッシュ大統領を力強いよきリーダーとして尊敬し、日本ではこれらの人々が地元の政治家を先生として尊敬する。
そんな政治家たちは恐らく一人の人間として捉えたならば、話題の鈴木宗雄氏も含めて皆、人並み以上に魅力のある人に違いない。
また、1つの同質的なコミュニティーであるならば誰もが優れた能力を発揮するのかもしれない。

しかし、アメリカのブッシュ大統領は支持してくれる同質的なコミュニティーの価値観をそのまま持ち込み、世界を混乱に向かわせてしまっている。
日本の先生方も地域の支持してくれる人々のために同質的なコミュニティーの価値観で利益誘導を図り、国家財政を食い物にしてしまった。

私も古きよきことには非常に魅力を感じる。
素朴さにも、人のよさにも、安心感にも魅力を感じる。
その同質性にさえ溶け込む事ができれば、余計な事を考える必要はない。
色々な事に皆が共有できる価値観があるという事は言葉を必要としない。
善悪も明快で悪ければ怒りよければ誉めれば言い。
このようなコミュニティーはそのまま残っていて欲しいとさえ思う。
人の背丈に合った適度に小さいコミュニティーに不都合があるとも思えないのだ。

しかし、人の社会はその背丈を越え複合化している。
便利で豊かである為には手段として流動化が必要となる。
コミュニティーとコミュニティーはつながり、人が出入りし、価値観が行き交う。
地方と国、国と国際社会
これは同質性が通用しない異質性の出会いである。
互いに同一性を維持しようとすれば争いを引起し、淘汰が起こる。
それは歴史の中で実際に起き、同一性がある大きさまで拡大されるまで続けられてきた。
しかし、人は気づいたはずなのだ。
もはや同一性を争いで解決していくにはあまりに大きな悲劇を必要としてしまう事を。
そして思ったはずなのだ。
他を尊重する事で共存する必要性を。

個と個、コミュニティとコミュニティーが共存するには同質的なコミュニティーの仕組みや、やり方とは違って然るべきだ。
そこにはコミュニケーションが必要であり、新たな共有できる認識の構築が必要である。
その試みはしばらくは続いていた。

しかし、あるきっかけで「豊かさの為の流動化」が再び強い力を得て、そのあるきっかけの別の要素が過去の淘汰により無理やり同一化された小さな古い同一性達が元の同一性を回復し始めた。
「豊かさの為の流動化」は再びその同一性を強引に拡大させようと淘汰をはじめようとしている。
同一性を取戻そうとするものたちはその淘汰に抵抗すべく、起こるべくして争いに回帰してしまった。

小さなコミュニティーの長になるべき人が、複合化された高度な仕組みを作り出すべき宿命を負った長についてしまったようだ。
優れた人間性を持っていても、その能力を必要とする時と場所を間違ってしまったのではないか?

大統領を選んだ閉じたコミュニティーに住む善良な人々を見ながら、そんな事をとりとめもなく思う。

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コメント

>小さなコミュニティーの長になるべき人が、複合化された高度な仕組みを作り出すべき宿命を負った長についてしまったようだ。
>優れた人間性を持っていても、その能力を必要とする時と場所を間違ってしまったのではないか?

という単なる間違いが起こっただけならばまだ救いがあるのですが、現在のイラクの状況をみているとその背景にはもっと背筋が寒くなるような、暴力と恐怖で世界を支配しようとする「意思」の存在を感じるのです。

過去の亡霊のような化物が世界を徘徊しているのではないでしょうか。

投稿: MAO | 2004/11/09 00:19

MAOさん こんばんは
MAOさんのスカル・アンド・ボーンズの記事拝見しました。
阿修羅の記事も一緒に
(それにしてもあそこで投稿されている方々はどのような方々なのでしょう。いつもその深く詳しい情報に驚かされます。)
アメリカとコンスピラシーはいつもセットで語られるような気がします。
アメリカの暗部の意図も試みも過去の軍事介入や、時々表に出る出来事から見ると「ある」可能性のほうが高そうですね。
今でも実際に大事な証人や関係者が不自然な死を遂げるという事が起こっているようですし。

正直言って 今は彼らにとってブッシュ大統領は単なる「駒」なのではないかと思っています。
支持を得られる政治家を後押ししてうまくいけばそれにのり、うまくいかなければ摩り替える。
過去の戦争でも政治家や軍人は責任を問われても、それを利用した陰の資本の部分は日本にしてもドイツにしても生き残ったりしていますし。
ただ、彼らの意図は意図として実際に何処まで過去(そして今)の歴史を支配しているかは私には全くわかりませし推測もつきません。
同時に、彼らの影響力を過大評価して無用な不信や無力感を抱いてしまわないかと考える事もあります。
米国には多面性がありそうで、そういった資本家的(プラグマティズム的、エスタブリッシュ的?)な部分、宗教的な部分、一般国民の部分が絡み合いながら進んでいるような気もします。

投稿: FAIRNESS | 2004/11/09 02:51

FAIRNESSさん
ファルージャへの総攻撃、ジェノサイトが始まりましたね。もはや現地には監視するジャーナリストの目もなく、完璧な報道管制ですから、その真相が明らかになることはないのかもしれない。

陰謀史観の危なさはわかっているのですが、最近の出来事はそうとでも思わなければ理解できないような何か腹黒い意思を感じるのです。

歴史はごく一部の連中によってつくられているわけではないのでしょうが、最初にシナリヲを書くのはかれらではないのか、という疑惑は深まるばかり。

アメリカの一般の人々の善良さは確かでしょう。しかし、その善良さも利用されてしまえば狂気の一部になるのではないか。隠れ蓑になるのではないでしょうか。

投稿: MAO | 2004/11/09 11:43

MAOさん こんばんは
何のためらいもなくファルージャ総攻撃が始まってしまいました。

>アメリカの一般の人々の善良さは確かでしょう。しかし、その善良さも利用されてしまえば狂気の一部になるのではないか。隠れ蓑になるのではないでしょうか。

そのとおりだと思います。
これはそのまま日本にもいえることだと思います。
私も善良さを弁護するつもりで書いた訳ではありません。
そこにあるねじれを意識する事が、力がないと諦めてしまう小さな私たちができる小さな事に大きな意味があると言うことになりはしないかと思うのです。
力があると自ら自覚のある人は、どのような意思にしろ放っておいても自らの意思に従い、その通り意思を表明するでしょう。
実際にはMAOさんが仰るように方向性を決めるのは力がないと思い込みがちな私のような「普通の人々」が利用されるかどうかに掛かっているのではないでしょうか。

投稿: FAIRNESS | 2004/11/10 01:57

今晩は。BigBanです。
この記事には2本もトラックバックさせてもらいました。
Fairnessさんの「普通の人々の限界」という視点に非常に共感を覚えました。
米国だけでなく、通常の日本の選挙の結果に歯がゆい思いを感じながら、彼我の差は一体どこにあるのか、この違和感はどこから来るのか感じていました。

ひとえに、この善良そうな人々の作り出す多大なる恐怖や悪について考えるからです。

私は少しナンパな視点から同じ思いを書いたつもりです。
良ければ読みに来てください。

投稿: BigBan | 2004/11/10 02:09

BigBanさん こんにちは
まず最初にBigBanさんのblogへのコメントでハンドルを間違えて書いてしまった事お詫びします。スイマセンでした。
コメントは遅くなりましたが、エントリーはすぐに拝見させていただきました。
BigBanさんのエントリーをナンパというならば私もいつも感覚的なナンパなエントリーです。
人の性とはいえ、世の中が複合化すると人に要求される価値観までも複合化されて人そのものも高度化されないと対処できなくなってしまうんでしょうね。
回帰したくなるのもわかるのですが、恩恵を受けている世の中の複合化をそのままに人だけが回帰しようとするとこのような矛盾を生むことになるのかもしれませんね。
私も、アメリカの境界を知る人たちとそうでない人達のコミュニケーションがアメリカ全体を変えてくれることに希望をもちたいと思います。

投稿: FAIRNESS | 2004/11/10 13:34

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