主権移譲の前倒し
CPAからイラクへの主権移譲が前倒しで行なわれた。
この前倒しという措置は、主権移譲を注目の中で行うことを避けた点で賢明な策だったかもしれない。
さしあたっての大きな懸念は主権移譲と言う象徴的な日に「テロ」が政治的意味を持って行なわれることだった。
主権移譲の日に「同時多発テロ」が発生したならば、新しい暫定政権のイメージは発足と同時に貶められる事になってしまうところであった。
もし、この主権移譲がイラク国民の出口のない閉塞感に少しでも光を与え、不信感のなかに小さくとも「信頼」の種を植えることができれば幸いである。
恨みがその連鎖で広がるのと同じように、小さくとも「良い兆し」が次の新しい「希望」を生みその「希望」がさらに「大きな希望」を生んでいくのも事実てあろう。
連鎖は「恨み」だけのものではなく,「希望」にもあるはずだ。
世論調査で半数以上のイラク人が「これまでよりも良くなる。」と考えているという。
これまでの世論調査が必ずしも実情を現わしていなかったことを見ると鵜呑みにはできないが、それに近い数字である事を願うばかりだ。
とはいっても、実情が深刻である事には変わりはないだろう。
実際のところ、米国支配、悪い治安がこの日を境にコロっと変わるわけではない。
主権移譲後も「米軍」が前面出てこれまで同様、武力行使を続けることになれば、すぐに元に戻り、「希望」もすぐに萎んでしまうだろう。
米国人にはイラク統治の失敗は認める気運は高まりつつも,攻撃自体に対しては正しかったという者は今でも少なくない。
米国が「奢り」「欲」を捨て復興の「希望」を育てる事が唯一、アメリカが置かれている自らの窮地を救う事になるのではないか。
いずれにしても、ここ数週間の内にイラク国民が主権移譲をどう受け止めたか明らかになるだろう。
「恨みの連鎖」が「希望の連鎖」に変わっていく事を祈りながら、これからの推移を見守りたい。
ところで、日本政府はこの事を知らされていたのであろうか,もし知らされていたならば自衛隊の駐留の根拠の空白状況を作ったのは全く恥ずかしい限りで、知らされていなかったなら随分軽く扱われたものだ。
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